31人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
かのの生まれは、千住からもさほど遠くない板橋宿で、古着屋をいとなむ両親と弟の四人で暮らしていた。
小さいながらも店をもち、商いに精を出す両親との、つつましいけれど明るい生活が崩れたのは、ある時、ふらりと現れた父仙助の実の兄の宇吉が、家族と一緒に暮らすようになってからだった。
「すまないが、一月ほど、厄介をかけるよ」
そう言っていた宇吉であったが、その後、二月、三月が過ぎても、一向に出ていく気配を見せぬ。
かのたちも、決して裕福な生活をしていたわけではないから、ある時、仙助が、
「兄き、悪いが、そろそろ出ていっちゃあくれめえか……」
そっと切り出した。
すると、今までのおとなしい態度が一変して、
「てめぇ、それが実の兄に言う言葉か!」
したたか仙助を殴りつけ、店の売り上げをつかんで飛び出していった。
それからというもの、宇吉はあきらかに無頼の徒とわかる連中を連れてきては、一家のなけなしの金を奪っていく。
その度に殴りつけられる父と母を、かのと弟の正太郎は、ふすまの陰で震えながら見ていた。
そんな生活が半年ほど続いたある日、いつものように酒を飲んでいた宇吉が、台所にいた、およしを後ろから殴りつけ、ぐったりとなったおよしに、いきなり覆いかぶさった。
それを、買い物から帰ったかのが目の当たりにし、叫び声をあげたものだから、逆上した宇吉は、今度はかのを殴りつけ、その細く小さいからだに馬乗りになった。
最初のコメントを投稿しよう!