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三笠昇は、骨と皮で形成された長身を深く折り曲げて、2人に挨拶した。
ソファの端にお尻の半分も乗せない遠慮がちな座り方で、伸一が差し出したコーヒーをじっと見つめる。
父親が書斎として利用していたこの8畳間が、黒川兄弟の仕事場だ。
壁一面の備え付け本棚に居並ぶ書籍と、照明が乗った小さなキャビネット。
中央に木製のテーブルが設置され、それを挟んで2人掛けのソファが1つずつ。
殺風景な部屋だが、比較的生活感が漂うリビングより、職場には適している。
実のところ、一昨年の暮れに両親が他界するまで、兄弟がこの部屋に出入りしたことはなかった。
黴臭そうな書籍に興味津々だった悠一でさえ、厳しい父親の前では、引き下がるほかなかったのだ。
「話は妹さんに伺いました。奥さんの具合はいかがですか?」
悠一が丁寧に切り出すと、昇はコーヒーから顔を上げた。
「ありがとうございます。相変わらず寝たきりですが、微熱に落ち着いてますし、気分が悪い事以外これといって症状はないので……」
「そうですか。では、お時間は大丈夫なんですね?」
「はい、もちろん」
そう言って何度も頷く様子は、神経質で臆病な人格を想像させる。
瞬きの回数が無駄に多く、何かに怯えた弱者のようだ。
「さっそくですが、詳しい話を伺ってもよろしいですか? ……妹さんによると、あなたは極度の炎恐怖症だとか。その症状が一体いつから始まり、きっかけは何なのか。……心当たりはありますか?」
「それが、気が付けば苦手だったというか。なんて言うか、決定的な出来事が思い当たらないって言うか。……要は、殆ど記憶にありません」
「全く?」
「はあ……、全く……」
俯き加減の蒼白な顔を見つめて、悠一は気付かれない程度の息を漏らした。
これは厄介だ。
はっきり言って、それでは困る。
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