2.謎

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  隣でメモをとる伸一のペン先も、行方を失って途方に暮れている。 黙っていても仕方ないので、悠一は言葉を繋いだ。 「三笠さん。実は、あなたのトラウマを取り除く過程で最も大切なのが、そのトラウマを成立させた事柄の記憶です」 「成立させた事柄……」 「そう。つまり、『原因』、『きっかけ』。犬が苦手な人には、『噛まれて大怪我をした過去』があり、水が苦手な人には、『海で溺れて救助された過去』がある。まあ一例ですが」 「……はあ」 「その『要因』が特定出来ないと、こちらから入るのは難しい。いえ、難しいというより不可能です」 伸一は兄の横顔をこっそり一瞥した。 兄はいつも、自分達の能力を相手が理解する前に、平気で話を進める。 以前その態度に意見すると、英語の辞書に視線を投じたままで言い放った。 『理解出来るわけがない。させようとも思わない。方法や理屈を抜きにしてでも、今のトラウマを解消したいと思ってる人間としか、依頼自体が成立しない』 無表情の言い種に伸一は呆れたが、兄の言う事はあながち間違いではないと気付いた。 駅構内の掲示板の片隅。 望みを込めて張り付けた手書き広告、『貴方のトラウマ解消します! お悩みはT&Hまで』。 そこに記した豆粒みたいな電話番号にかかってくるのは、大半がまず方法を尋ねるものだ。 バカ正直に答えるのは容易でも、理解させるには永年の時を要する。 例え解説しようとも、馬鹿にされて失笑される。 最終的に書斎のソファに座る依頼人は、自分達の能力になど興味がない。 そんな事に気が回るほど、余裕はないのである。 「俺達は、過去にあなたのトラウマを生じさせた出来事を消し去る事で、仕事を成立させます。つまりは、過去を変えるんです」 「過去を、変える……」 「そう。そしてあなたの過去に介入するには、自身の鮮明な記憶が必要です。まずはご本人がそれをイメージ出来ないと、あなたに入ることは不可能です」 「私に、入る……」 譫言のように繰り返している。 弱々しい視線の着地点は定まらず、途方に暮れたようにたどたどしく宙を舞い、やがては力を失ったように、テーブルに落ちた。  
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