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こうなってしまえば兄は梃子でも動かない。
早々に見切りをつけるのが賢い選択だ。
伸一は里子を振り返る。
コホンと大仰に空咳を施し、パイプ椅子で佇まいを整え直した。
「この能力は父方の家系らしいんだけどさ。俺達兄弟は、人の過去に入り込むことが出来るんだ」
「え? 何に入る?」
「過去に入る」
「は? 何に入る?」
「だから過去に入るんだってば」
「かかっ過去ぉ!?」
それは何? 『過ぎ去る』と書いて『過去』と読むアレ?
仰け反る里子を流して続ける。
「そ。とは言っても、俺達が好き勝手自由に誰かのどの過去かを選べるわけじゃない」
「ど、どういう意味!?」
「相手が強くイメージした、的確な過去にしか入る事が出来ないってわけ」
「的確な過去……」
里子はただ唖然と、伸一の言葉を繰り返す。
無理もないと思う。
自分達が父親に聞かされた時に感じた不信感や非現実感を、里子も同じように抱いているのだろう。
「的確っていうのは、事実って意味ね。その人の過去に本当に起きた出来事」
「ある人物の過去に? 登場人物みたいな感じで? もし過去が記憶と間違ってたらどうなるの?」
矢継ぎ早な質問に伸一は苦笑いした。
「人が強くイメージした本人自身の過去に、俺達は入り込む。そこで展開されてるのは確かな史実で、俺達はそう、その中に登場人物として存在出来るってわけ。もちろん、過去を大幅に変えないためにも、仕事したらとっとと戻るのが鉄則」
「俺達の仕事はあくまでトラウマを抹消すること。相手が目覚めてそれを確認出来たら、即金頂いて終了だ」
「よく分からないけど、なんか凄いわね……」
よく分かってもらう方が無理な話だ。
当たり前の感想に対し、悠一はニコリともせず続けた。
「この能力がなぜ俺達に備わっているのかは、いくら悩んでも分からない。世の中に存在する、いわゆる『超能力者』の一端だと俺は思う」
透視や物体浮遊や瞬間移動みたいな、色んな分野の1つなんだろ。
兄の言葉に伸一も深く頷いた。
選ばれた理由や選ばれなかった理由は、選択した者にしか分からない。
選ばれたなら受け入れて、共に生きるしかないと思う。
「記憶違いで史実が異なる場合は、そいつの勝手な想像や妄想だから、そもそも俺達に入ることが出来ない。もちろんトラウマのきっかけが分からない場合もな。昇さんを助けられない理由はそこにある」
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