4.黒川兄弟

2/11
2258人が本棚に入れています
本棚に追加
/285ページ
    「きええぇぇ~~っっ!!」 家計簿とにらめっこしていた伸一の奇声がリビングにこだました。 書斎に籠もっていた悠一が、顔だけ出して眉をしかめる。 「やかましい」 「だって兄貴ぃ! これ見てよ~っ!!」 「どうせ今月の残高が底突いたんだろ」 始まったばかりだというのに。 「……なんでだろ」 「入金5万に繰越マイナス。これでひと月もつ方がおかしいだろが」 書斎から1冊の本を片手にリビングへ戻った悠一は、ソファにふんぞり返って足を組んだ。 しっかり冷房の効いたリビングは、過ごし易い真夏の夜を演出している。 「……で。結局どうすんの? 昇さんの件。三笠先輩は親に相談して決めるって言ってたけどさ。除霊するのかなあ」 腫れ物を触るように家計簿を閉じて、悠一の向かいに胡座をかく。 悠一は目を閉じて腕を組んだ。 「俺達は、人の過去に入り込むことが出来る」 「左様でございますが?」 「しかし実際は、相手の潜在意識の中に俺達の精神を注ぎ込ませてるらしい」 「うそっ! そうなの?」 「そう書いてある」 「えっ? 何に?」 「これに」 無表情で右手の書物を掲げ、悠一はガラステーブルに投げ置いた。 「家に帰るなり書斎に籠もって何してんのかと思えば……。俺達の能力について調べてたわけ?」 「何か手掛かりになる物があればと思ってな。でも残念ながら、あの書斎にあるのは親父の趣味本ばかりだ」 「親父の趣味って?」 「世界名作全集第1巻から120巻。詳細は『アンナカレーニナ』から始まり『怒りの葡萄』。『悲しみよこんにちは』を経由して『神曲』へ。『罪と罰』に続いて他省略。『モンテクリスト伯』で佳境に入りフィナーレへ突入。そしてお次は日本昔話全集第……」 「いえいえいえいえもう結構です」
/285ページ

最初のコメントを投稿しよう!