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上級生の教室にも関わらず、伸一は臆することなく踏み込んで来た。
前席が無人だったのをいいことに、椅子に逆さ座りして『宇宙人説』を唱えたのだ。
「……で、結局何の用だ? 遠路遙々喧嘩売りに来たか?」
「だって、三笠里子だよ? あの人が何者か知ってんの?」
「今知った。その名はミカササトコ」
「……名前も知らなかったんだね……」
ガクッと頭を垂れた弟は、侮蔑と呆れを配色した視線を自分に寄越した。
今朝登校してから、一体何人の友人に非難されただろう。
悠一はウンザリしながら窓の外に目を移す。
午前中にも関わらず、グラウンドからの照り返しが眩い。
この殺人的な猛暑日にあそこまで戦える根性は、ある意味天晴れだ。
『個性』の発揮方法を間違えると、どういうわけか『反発』に成り代わり、挙げ句があの様なんだろう。
そんな事をぼんやり考えながら、まだ前でブツブツ何か言う弟を無視していた。
事の発端は先週の金曜日。
悠一は放課後、見知らぬ女子生徒に呼び止められ、無人の生徒会室に誘われた。
『好きです。付き合って下さい』。
見舞われたお決まりのセリフは、間髪入れずに遮断。
泣きそうな顔で立ち去る彼女の背中を見送るどころか、途中で追い越す冷酷ぶりを発揮した。
そして週末を越えた今日。
どういうわけか、『三笠里子、黒川にふられる』ゴシップで、朝から話題持ち切りだったのだ。
「兄貴さあ、女の子に興味ないとか言うけど、じゃあ何を糧に生きてんの?三笠先輩は、ウチの生徒会長! 行事司会や挨拶してる人だよ? 壇上にあがってマイク持って何かしゃべる人ね?」
「だからどうした」
「いわば今期の名山代表なわけ。そんな人の名前と顔を知らなかったんだろ? 俺が人間じゃないって主張する意味分かるよね?」
ようやく戻ってきた前の席の生徒に、頭を下げて椅子を譲る。
悠一の後ろに回り、同じ様に窓の外を眺めながら、呟くようにそう言った。
「俺は行事に熱心じゃない」
「まあそうなんだろうけど……」
「俺が今切実に欲する対象。それは金だ。マネーだ。他に一切興味はない」
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