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「あっ! このスーパー! ここから出て来た昇さんに会ったんだよ俺」
里子を兄弟で挟んで歩く途中、個人商店らしき小規模な八百屋の前で伸一が立ち止まった。
すぐに里子も足を止め、その店内を眺める。
悠一だけが数歩先に進み、やがて億劫そうに振り返ると、ドスの効いた低音を発っした。
「いつぞやの追跡放棄か」
「ぐっ。だって暑かったもん。……あ、三笠先輩に聞くんだけど、昇さんってどんな仕事してるの?」
「この近所の水産加工卸売センターの事務。最近は加奈子さんのために、定時にきっちり帰宅してるみたい」
「ああ、納得。だからあんな時間にいたんだ。水産加工だったら朝早いんでしょ」
「現場の人は早朝2時だって。事務は7時から4時までみたいよ」
「ふ~ん」
小刻みに頷きながら、止まっていた足の回転を再開させた。
里子も習い、やがて待機していた悠一と合流し、再び3人並んで歩き始めた。
しばらく進んで左に折れた。
前方に伸びるのは、残念なサラリーマンに事情聴取したあの道。
やはりこのルートは、昇の自宅に向かっていたのだ。
伸一は密かに確信した。
ライターの炎から一目散に逃げる彼の背中。
呆気にとられて見送るサラリーマン。
あそこまで極端に怯えていたら、日常をまともに過ごせるはずがない。
自分達の能力を持ってして、果たして彼を助けられるか否か。
はっきり言って、今の段階でそれは全く分からない。
いわば実験のような試みで、利害の見えない博打のようなもの。
不安がないとは言い切れないが、少なくとも自分は1人じゃない。
冷淡だろうが。
宇宙人だろうが。
極悪非道だろうが。
兄がいればなんとかなる。
伸一はいつも、そう思って生きてきたのだ。
両親を失ったあの時も。
「この家よ」
里子の足が、洋風の一軒家の前で止まった。
板チョコのような茶色い扉の玄関に、コンクリートで整備された駐車場。
これといった特徴のない四角いフォルムで、住宅街に溶け込んでいる。
「じゃ、お前はここで待ってろ。呼ぶまで絶対来るな」
いささかの動揺もない平淡な口調で、悠一が里子を一瞥した。
里子は声なく頷いた。
伸一は思考回路を中断させ、玄関に向かう兄の背中を黙って追いかけた。
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