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「加奈子さんのためにお粥すら作ってあげられないから」
「ならいっそのことオール電化にしたら?」
「それはとっくに勧めた。でも、今後の加奈子さんの具合によっては、自分で色々やらなきゃいけないわけで。それに将来子供が産まれたりして、父親が炎恐怖症じゃ情けないでしょ」
「なるほどねぇ」
伸一が眉をしかめて頷いたところで、腕組みを解いた悠一が立ち上がった。
「とにかく本人に会わないことには始まらない。今日の6時は空いてるのか?」
「え、ああ、たぶん大丈夫だと思う……ます」
突然悠一に話を振られた三笠は、動揺を示すような不可解な返事を発する。
悠一は意にも介さず、徐に胸ポケットから紙切れを取り出した。
「うちの住所と電話番号と簡易地図。個人的使用を確認すれば直ちに成敗する」
言うが早いか、さっさとパイプ椅子を畳んで元の位置に戻し、生徒会室を後にした。
「せ、成敗……?」
「いや三笠先輩気にしないで。兄貴時々セリフに古典が入るんだ」
「あらそう……」
唖然とした呟きを最後に、三笠は戸口を見詰めて黙り込んだ。
その沈黙に三笠を残したまま、兄を追って一旦教室を出た伸一は、背後を振り返って足を次第に緩める。
紙切れを手に呆然と立ち尽くす三笠の背中に、緩んだ足の回転が完全に止まった。
そして再び、ゆっくり舞い戻った。
「……兄貴に告白した事、後悔してない?」
その声に驚いて顔を上げた三笠は、しばらく黙って伸一を見つめた。
慎ましやかな瞳に直視されると、緊張して背筋が伸びる。
ややあって三笠が顔を上げた。
それからゆっくり首を左右に振り、にっこり笑って言い放った。
「後悔はしてない、全然」
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