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夕焼けが照らす彼女の顔は、ひたすらに幻想的でした。
その無表情から何を考えてるかなんて読み取れる訳もなく、俺はただ横を黙って歩き続けるだけでした。
「祐亜」
鈴を転がしたような、小さくて可愛らしい声で上杉柳は俺の名前を呼びました。
「なんでしょ?」
「……やっぱりなんでもない」
上杉柳は一度俺に視線を合わせた後、すぐにそれを俺から外してまた前を向いてしまいました。
すごく……はがゆいです。
何か俺に言いたいことがあるのでしょうか?
それから彼女はまた黙りこくってしまい、
「ここが私の家」
次に口を開いたのは彼女の家の前に着いた時でした。住宅街の中央に建てられている上杉邸はかなり立派な一軒家でした。親御さんは何をやられているのでしょうか?
「ありがとう」
上杉邸に見とれていた俺に対して、彼女はぺこりと頭を下げていました。
「あ……いえいえ、こちらこそ。楽しかったですから」
嘘ですッッッッッッ!!!!
「じゃあ、また明日学校で」
俺が片手をあげてそう言ってから彼女に背を向けました。
そして来た道を戻ろうとした、その時でした。
「……ん!」
何かを必死で嫌がるようなそんな声が聞こえて、それとほぼ同時に俺の左手がかよわい力で握られていました。
振り返ると、何かをいいたげな悲痛な顔をした上杉柳。思えば彼女の無表情以外の表情をこの時初めて見た気がします。
「……ど、どうしたっすか?」
事態が全く飲み込めていない俺は動揺しまくりでしたが、彼女の方も動揺しているようで、俺の言葉に返す言葉が見つからないようでその視線を左右に泳がせています。
「あっ……えっと…………」
やがて俺の手を握っていたその手は力を無くして、ゆっくりと離されていきました。
「なんでもない」
なんでもない訳ないでしょうが、彼女がそう言うのだからなんでもないのでしょう。ただ上杉柳の顔がとても寂しげだったのが印象的で。
俺はまた彼女に向けて軽く手を振って、家路へと着くことしかできないのでした。
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