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東京Night 1
―――あ、もしもし。
あの、俺。… 赤西、ですけど。
…ぁ、いや。やっぱ、いいや。なんもない。
じゃ。
嘘ばっかいってんなよ。
なんもなくねーだろ。
くそ。なんで。
たった一言が、俺にはいえないんだろう。
「あー、おつかれー。いま終わった。うん。このままそっち行くけど、いまどこ?わあかったー。んじゃあとで、」
通話時間は3分25秒。
待ち合わせ場所と用件だけを伝えるような、言わば伝達事項オンリーの電話なんだけど。
アイツには言えない言葉は、アイツ以外にならいくらでも言えた。
まあ、そんなもんだろ。
なんて。
強がってみても、吐き出したため息がやり切れない。
「なぁんで言えねんだよ」
独り言につぶやいた、どうしようもない気持ち。
沈みきって、這い上がれなくなる前に、振り切るようにサイドブレーキを引いて車を走らせた。
オレンジ色の夕日がボンネットに反射してたけど、サングラス越しにその眩しさは届かなかった。
――もしもし、亀梨?
いま、どこにいんの。
その、ひとことが。
たった、ひとことが。
言えない。
「…‥聞いてる?」
「 っへ?! う、ん?!‥あ、聞い、」
「てないよね」
大音量で流れる音楽は、4つ打ちのサウンド。
VIPルームの分厚い壁がその音の殆どを遮ってるけど、それでも重低音が刻むリズムは身体に響いた。
そもそも、なんでVIPルームなんだっけ。
フロアに流れてるのは気に入ってるアッパー系の曲ばっかなのに。
よく踊れてイイんだけど。
「あとでちゃんとお祝いしてね?」
キレイに笑顔をつくってそう言い残した彼女は、颯爽と席をあとにした。
遠ざかる長い脚に、ああ、と思い出す。
なんかの番組の司会だかが決まったんだとか言ってたな。
そりゃめでてえわ。
あとからちゃんとオメデトウくらい言おう。
あ。この曲。
シャンテ、なんだ。
なんか映画を連想させるみたいな名前のヤツ。
なんか忘れたけど懐かしいな。
いきなりこんなシルキーなの流すなよって感じだけど。
あの頃もよくクラブで流れてたな、なんて思い出す。
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