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「卒業生入場---」
体育館に響く拍手のなか、胸に花をつけた3年生たちが入場する。
(‥‥いた。)
どうしてだろうと、思う。
卒業生の列のなか、この目は彼だけを探し出すことができる。
いつだってそうだ。
全校集会で「赤西、山下シャツをズボンに入れろ」って先生に言われてたときも。
3年生が校庭で体育の授業をやってるのを音楽室から見てたときも。
あのベンチで笑う、彼が好きで。
いつも探してた。
彼の横顔を。
彼の背中を。
彼のすがたを。
あの、笑顔を。
「答辞。卒業生代表、赤西仁」
その名前にびくり、と肩が震えた。
「--はい」
その彼の声、が。
聞こえた瞬間息ができないくらい、胸が苦しくなった。
トン、トン。と、一段一段、彼が檀上への階段を上る。
静まり返った館内に、カサ、と答辞の紙を広げる乾いた音をマイクが拾う。
す、と彼の呼吸音がして。
とうに奪われるものなんかないくらい、彼に自分のすべてを奪われていたはずだったのに。
それでも彼は、俺を攫<さら>うんだ。
「---答辞。
この3年間、仲間といろいろなものを同じ空間で見て来ました。
同じものを見て、共感することもあれば、逆にまったく違った感じ方をするときもありました。
だけどそれは悪いことなんかでは決してなく、どんな環境や状況であっても、感じることが大切なんだと。
僕は学びました。
今日、この学校を卒業して、これから出会っていく人たちと、そこで起きることに、仲間から教わった感じるということ、それを伝えること。
忘れずにいたいと思います。
3年間、ありがとうございました。
卒業生代表、赤西仁」
一本筋の通ったような姿勢で一礼をして、彼が檀上を降りていく。
席に歩む彼の姿を、誰もが目で追った。
俺は、彼の居なくなった檀上をずっと見つめたまま。
ただ、握った手の甲に、ぱたり、ぱたりと落ちていく涙を止められなかった。
決められた毎日を、過ごすだけの日々を。
ありふれた日常が、どれだけかけがえのないものに変わっただろう。
彼の存在、たったひとつで。
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