第一章 case A 織畑明日摩の場合

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 よくよく思い出せば一年前ぐらいだった気がするのだけど、いまいち思い出すことができない。  たしかに、俺は見ていたはずだった。  なにしろ、あれだけ目立つものなんだ。見てないほうがおかしい。  だってこのビル街東京の中でも、ひとつ頭とびでた摩天楼、あれを見逃していたのなら、眼科へ行ったほうがいい。  ちなみに上乃にある島本眼科がお勧め。      さて本題──フィーナリアホテル。  本当にあのホテルの建設には多くの時間が掛かっていた。  それは……まぁ、あんな天に届きそうな建物を建てたわけだから、頷ける。  そして、建設当初から人々の噂になっていたフィーナリアホテルは三ヶ月前にオープンを迎えた。  そのことは俺も耳にしていた。  学校の連中が「でっけーホテルができたらしーぜ」とか「風見クンと一緒に行きた~い」とか、生産性のない談笑の中でそんなことを口にしていた。  それでも、実際にフィーナリアホテルに泊まるという勇者は俺の学校では現れることはなかった。それも当然な話だった。  なんとびっくり、フィーナリアホテルでの御宿泊にはサッカーをプレイできる人数くらいの諭吉が整列していないと無理だったからだ。  もちろん、それは詐欺の類なんかではない。  あのホテルは天国のような場所だからだ。  高級なんて生ぬるい。もっと、もっと高位なホテル。それがフィーナリアホテル。  しかし、それは噂にすぎなかった。  たしかに、あのホテルに宿泊するのにはオカネが必要なのだ。  それは確かで、間違いのない事実だが。  誰もフィーナリアホテルの中には入ったことがないのだった。  それは、フィーナリアホテルが完全予約制で、入り口には悪魔のような黒いスーツを着込んだ、一歩間違えば『ヤ』から始まる自由業の人みたいなガードマンが二人立っている。  この二人がまた、超怖い。  だから、一介の高校生君にすぎない俺たちは誰もフィーナリアホテルには入らなかった。違う。入れなかった。        まぁ、俺はオープン一ヶ月後に、今のようにフィーナリアホテルに足を踏み入れるんだけどさ。
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