―序―

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   ふ……と。  青年は唇から指先を外し、伏せていた目を開いた。 (何か……)  白皙(はくせき)(おもて)物憂(ものう)げな表情を浮かべ、動きを止める。 (呼んでしまった、か……?)  切り窓もなく、墨を流したように暗い部屋の中、四隅にともされた灯明(とうみょう)だけが、ほのかに青年の姿を浮かび上がらせていた。  しばし、じっと辺りの様子を窺うが、庭の(こずえ)が揺れる音さえ絶え、邸内は静まり返っている。  その時、背にした戸の外に、何者かの気配が差した。 「どうした。水蛟(みずち)」  声をかければ、衣擦れの音と共に柔らかな女の声が答える。 「博雅(ひろまさ)様がお見えになります」 「そうか……」  それを聞いた青年の顔が、穏やかになった。  愁眉(しゅうび)を開き、微かな笑みを口元に掃くと、純白の大きな袖を払い、狩衣(かりぎぬ)の襟をくつろげる。 「着替えを」 「かしこまりました……」  (あるじ)の命を受け、するすると衣擦れの音が遠ざかって行った。  
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