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そう静かに言ってから、大宮はカーテンを開けて空を眺めた。
空はもう白み始め、建物の輪郭をつくりはじめていた。
朝だね、と大宮は笑って言った。
俺が帰るとき、大宮は「つきあわせてごめん」とは言わずに、「ありがとう」と言った。
それが、大宮と話した最後だった。
大宮が死んだと知ったのは年明けだった。
大宮は年が明けて初めてのゼミに来なかった。遅刻してくるんだろう、と思っていたがゼミが終わってもとうとう大宮は来なかった。
その翌日に、大宮が交通事故で死んだことを知った。
急なカーブを曲がりきれずに突っ込んで、ガードレールに激突したらしい。
車は大破して、大宮は即死に近かったのではないか、という話だった。
ブレーキをかけた痕があまり見つからないため、自殺の可能性もあるのではないか、などという噂も出てきた。
大宮がいなくても、ゼミはいつもどおりに進み、俺もいつもどおりに生きている。
俺は大宮のことを知らなかった。知らなくてもいいと思っていた。
だが、大学やバイトから帰ってきてふと、もう住人がいなくなってしまった隣の部屋のドアを眺める度に、得体の知れない感情に襲われた。
俺は大宮のことを何も知らなかった。何も知らなかったから、あの部屋には最初から誰もいなかったのではないかという気もしたし、まだ大宮がいるような気もしたのだ。
しかし、隣の部屋の明かりは点くことはなかったし、いつの間にか大宮の家族が来て家具も何もかも引き払っていったらしい。
そうして2月の中旬に、俺は大宮が死んだ交通事故の現場に行くことにした。
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