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五月晴れの午後だった。
この日、来月から新宿の百貨店にて開催予定の個展に出展する作品を選別していた陶芸家である狭霧右京【サギリウキョウ】は、朝からジャージ姿で家中を動き回っていた。
箱根で個展を開き、その評判が良かったことで色々なところで『ぜひ、個展を開いて欲しい。』と熱望された右京は、ここ数年は多忙な生活を送っている。
家も帰れる時はそれなりに掃除や洗濯をしているが、ほとんどが東京で借りているマンションで生活を送っていた。
今回、個展を開くにあたって会場を提供してくれる百貨店の責任者が『過去の作品も展示して欲しい!』とお願いされたのである。
実は百貨店の責任者。
右京が陶芸家デビューの時からの大ファンのようで、今回の個展を上層部に何度も頭を下げて案を通したようである。
後で個展のプロデュースする担当から話を聞いて、右京は驚きながらも苦笑をした。
理由は、デビューした頃の作品を現在の作品と一緒に並べるのは、抵抗を感じているからだ。
過去があっての現在だからこそ、否定は出来ないが、素直には喜べなかった。
結果、自宅の作品を管理している棚を確認して、出展出来る作品の選別をすることに決定したのだ。
朝六時に起きて、ジャージに着替えると即座に行動を開始した。
選別して、作品を丁寧に梱包をして、百貨店へと送る。
その作業が大変で、一日で終わらないと悟った右京は、ある作戦に出た。
大学進学後、ヒマ人になった親友の息子を手伝いに来させようという考えだ。
一段落を終えたところで携帯電話を手に持ち、連絡する。
親友の息子とは、菅生律【スゴウリツ】のことである。
今から十二年前。
ある事情で律を一時、預かったことがあり、その時に陶芸を教えたこともあった。
それが縁で個展を開催する時は案内状とチケットを郵送しては、個展に来てもらっていたのだが、二年前から新たな招待客が増えたのである。
春日和臣【カスガカズオミ】
律の恋人であり、同居人である。
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