我が家の戦争

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絶縁状態だった祖母が、今は我が家に居る。 しかも、痴呆の進んだ祖母は、自分が何故我が家に居るのかが理解出来ない。 一度話して「分かった」と言っても、翌日には「何でここに居ると?」と尋ねてくる。 正直、疲れて家に帰ってきて、何度も同じ会話をするのは気が滅入る。 だが、気が滅入ると言っていられる俺は、まだ楽だ。 母は、仕事から帰ってくれば祖母の看病に俺達の晩飯の支度。 父は親戚と連絡を取っては「これから先、祖母をどうするべきか」と話し合っている。 2人共、休む暇などない。 しかも、祖母の病気がはっきり分からないから、看病のしようがない。 そんな状態が続いたまま一週間が過ぎた頃、遂に母が体調を崩した。 父は、そんな母が心配で、仕事を早めに切り上げて戻ってくるようにしたが、昼間はどうしようもない。 俺も、母が心配で移動先で母に電話してみた。 すると、驚いた事に、電話にでた母は涙声だったのだ。 びっくりした俺は「どげんしたとよ?」と母に尋ねると、母は「お婆ちゃんが…」と声を詰まらせる。 俺は、祖母がなにかしたのかと思い、詳しく話すように促す。 母は、涙声でこう言った。 「お婆ちゃんが、お母さんに、『お寿司食べんね?』って…」 そう言って泣くのだ。 ハッ?…寿司? 別に、泣くような事じゃない。 どう考えても、その言葉で泣く必要は無い。 そう思った俺が「意味が分からんよ」と言うと、母は涙声でこう言った。 「お父さんと結婚して30年。 『アレをやれ。コレをやれ。』と言われた事はあっても、お婆ちゃんから『何かを食べよう』とか、いたわりの言葉をもらった事はないとよ。 それが、今日初めて『お寿司食べんね?』って…。 お父さんと結婚して、初めてお婆ちゃんが『人間として接してくれた』気がして、嬉しくて…」 30年。 俺は、まだ30年も生きていない。 母は、それだけ長い時間を祖母から「人間として扱われていない」と思い、苦しんで、更に体調を崩すまで、そんな祖母を看病し続けた。 俺なら、無理だ。 そんな看病なんて、冗談じゃ無いと思う。 だが、母はそんな時間を30年過ごし、そして今日『初めて人間扱いされた』と言って嬉し泣きしている。
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