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その階段は、丘の上にある学校へ続く、幾つかある道の一つ。
その階段の一方はコンクリートで固められた崖で、上を見上げると、青々とした葉を茂らせた桜が、何処までも並んでいた。
もう一方は何処までも続く手摺り。手摺りの向こう側は小さく見える街並み。そしてその先は何処までも青い海が広がっている。
夏の日差しに炙られてギラギラ輝く海。
その海を、手摺りに背中を寄りかからせた一人の少女が眺めていた。
黒絹を思わせる黒髪。
茶色い瞳の大きな目。
この道を通って通学しているのは僕と彼女だけだ。
だから、彼女とは自然に友人になった。
彼女は階段を登る僕に気付いたのか、下に置いていた学生鞄を持ち上げ腕組みしてみせた。
「ほら、さっさとしなさい。遅刻したいの?」
遅刻したくないなら、待たなくていいだろ。
僕が言うと彼女は小さな唇を尖らせる。
いつもの事だ。
「うるさいな、もう。待つのも待たないのも私の勝手でしょ?」
いつものやり取りだ。こんな日常が、いつまで続いてくれるのだろう?
時間は望む望まぬに関わらず過ぎていく。
青々とした葉が、茶色く枯れはて、ひらりひらりと舞っていた。
僕は珍しく、彼女より先に階段を上った。
何時もの場所には当然、彼女の姿はない。その事実が、一瞬だけ僕を空虚にする。
その空虚が、何を意味しているのか、僕にはわからない。
彼女を待たず、先に行こうと思っていたのに。僕の足は何時もの場所で止まっていた。
仕方なく、彼女にならい手摺りに背中を預け、ぼんやりと海を眺める。
彼女が何時も眺めている風景は何処か物悲しい。
海と街に降り注ぐ、桜の枯れ葉達は、何を思うのだろう。
「おはよう」
聞き慣れた声。
不機嫌ながら、甘えるような声音。彼女がこの声音で話すのは僕だけなのだと気付いたのは何時だっただろう。
彼女は何気ない動作で、僕の隣に並ぶ。背中を手摺りに預け、僕の顔を覗き込むように、己の顔を近づけてきた。
挑戦的な瞳が、僕の視線を捕らえて離さない。
「間抜け面。また夜更かしした?」
余計な世話だ。
「子供みたい」
この日常は、特別な日常。何時までも何処までも続いて欲しい日常。だか、僕は知っていた。日常は何時か終わる事を。
降りしきる雪が、桜を凍えさせいた。街と海を白に染め上げた雪が、彼女も白に染めていた。
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