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一人で辿るこの階段を、私は寂しいと感じた事はない。
桜舞う階段は、今年も春の香りを漂わせていた。
微かに甘いその香りも、今年で最後だと思えば、酸っぱい香りでもある。
柔らかな海風が、私の頬を撫でる。
風に舞う桜を何気なく目でおった。
すると見慣れないものが視界に入った。
階段の少し上の方。少年が手摺りに凭れかかり、背中ごしに海を眺めていた。
軽く揺れているネクタイの色から、新入生だとしれる。
が、いまいち新入生には見えない、というより、私の二つ下には見えなかった。
幼さの残る面立ちではあるのだが、全体的な雰囲気が妙に憂いを喚起させる。
いうなれば、寂しそうに見えるのだ。
だからだろうか。
私は少年に話しかけてみた。どのみち、毎朝出会う事になるのだから、ある程度話しをしておかないと気まずい。
おはよう。君、一年生?。
なるべく上から目線にならないように話しかけてみる。
「はあ、まあ、そうですが」
やたら気だるそうに、視線をこちらに移した少年の、第一声がそれだった。
春ボケでもしているのか、眠たそうに目蓋を半分閉じている。
何を見ていたの?
話題がないので、適当な質問をしてみた。
少年は軽く首を傾げてこう答えた。
「春の空気を見てました」
ああ、そう。
私も、春の空気とやらを見ようかと思って、視線を海に向ける。
薄桃色の風。薄桃色の海。薄桃色の雲。薄桃色の空。
そして……。
薄桃色の私と少年。
ああ、そうかと自覚する。
春は芽生えの季節なのだ。
何時のまにか、少年と私はずいぶん仲良くなっていた。最初は只の気まぐれで少年が来るのを待っていたに過ぎない。
けれど、今は待つのが日課だ。
夏の日差しは、たおやかに海を煌めかせていた。
海をぼんやり眺めていると、視界の端に少年の姿が入った。
「先に行っていれば良いのに」
その一言は、私の胸懐をかき乱した。なんなのだこの少年は。女の子が男を待つ理由なんて決まりきっているのに。
うるさい。待つのも待たないのも私の勝手でしょ?
季節は夏。遠く聞こえる蝉時雨は、泣いているかのようだ。
花の替わりと言わんばかりに舞踊る枯れ葉は、わびしい思いを逆なでする。
何時もの時間、何時もの場所から見える風景は、しかし何時も違っていた。
秋色の空はむやみやたらに高い。
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