疑惑

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カタカタカタカタ……。     オフィスのパソコンにはメーカーや客先からのメールが十数件。   頭を仕事モードに切替えざるを得ない。     『係長! おめでとうございます!』     ……?     事務員があからさまに興奮しながら数枚のFAXを差し出す。        「注文書」       (ん? どこだ?)         大京製鐵株式会社!         うぉっ! キターっ!     半年前から追いかけてた、国内第二位の製鐵会社だ。   先日のコンペでウチが選ばれたらしい。       『おめでとうございます!』     その知らせにオフィス全体がスタンディングオベーション。     気分は悪くない。   今朝からのモヤモヤを吹き飛ばすには十分過ぎた。     『まだ昼ですからコレで!』     お調子者の部下が、人数分の缶コーヒーを抱えている。       『かんぱーい!』   大騒ぎするのも無理はない。 会社として十年来追い続けていた物件なのだから。       喧騒の中、冷たい視線に気が付いた。       半年前まで三年以上大京製鐵の担当だった斉藤課長だった。   ウチの会社は三年結果が出ないと担当を替えるならわしがあった。     声を掛けようか迷ったやおら……。     『このコーヒーの領収書は早川“課長”で!』     さっきの部下が余計なジョークを噴く。       『わはははははははっ!』       オフィスを包んだ爆笑に、俺は完全に期を逸した。     『さあ! 前祝いはそのくらいにしろ!』     背後から響いた部長の声に、お祭り騒ぎは一瞬で熱を冷す。     『早川君……』     部長がコッソリ握手を求めてきた。     『痛っ!』     あまりの握力に思わず顔をしかめる。       ニヤリ。     目が笑っているが、握る力は弛まない。   俺の手を握り締める強さで、喜びを表すかのように。           『行って来ます!』   契約書類一式を揃え、俺は会社を出発する。普通、これ程の大口契約ならば、直属の上司……つまり斉藤課長が同行するものなのだが。   『君一人で行きなさい。』     斉藤課長への気遣いだろう。 部長の指示だった。     俺もその方が気楽だしね。
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