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090319 そうして静かに日が昇る
「夜が、お嫌いなのですね」
優しく心地よい低音が肌を撫でるように通り過ぎて行く。はっと目を開けば、そこにいたのはとても穏やかな瞳で私を見つめる夜の王であった。漆黒の長い黒髪を緩く束ね、漆黒のマントを丁寧に着こなした夜の王の肌だけが、異常なまでに白く映えている。夜の王はただ、漆黒の瞳に穏やかな色をちらつかせながら私を見つめているのだ。嗚呼、なんという恐怖なのだろうか。
「貴方こそ、太陽を嫌悪するくせに」
震える唇からこぼれ落ちた言葉は酷く陳腐なもので、夜の王が持つ圧倒的な威圧感には到底かなわないような気がした。事実、私の目前で夜の王はくつくつと喉を鳴らして笑っている。穏やかな色を秘めた漆黒の瞳の奥に見えた、残酷なまでの冷たさを私は見逃していない。
「嗚呼、そうですね」
確かに、その通りだ。夜の王は何が可笑しいのか、ただひたすらにくつくつと喉を鳴らす。瞳の奥の冷酷さはいつの間にか姿を消して、変わりに馬鹿にしたような、呆れたような、何とも言えない微妙な視線が私に絡みついていく。気持ちが悪いだなんて、考えることさえ許されていないような気がした。
「私が夜の王である以上、太陽に歩み寄れるわけがありませんからね」
くつくつ、くつくつ。静かに空気を震わせる夜の王は恐ろしく、そして滑稽であった。私を絡めとっていたはずの視線がふと、外と内とを作り出す窓ガラスに向けられ、そして瞳がかすかに煩わしそうに細められた。自然と、反射的に私も夜の王の視線をたどる。そうして、ああなるほどと、小さく口角を上げた。
「お休みなさい、夜の王」
「……ええ、行ってらっしゃい、昼の王」
そうして静かに日が昇る
(090319)
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