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すぐ脇で、ボッと狐火が宙に浮かぶ。
揺らめく炎に目を懲らし、頬に感じる熱からまがい物でない事が解れば、丁度いいとばかりに口にくわえたタバコに火を点した。
目を落とすと浮かぶ炎の他に、別のモノが映った。別のモノが炎の出所となっているようだ。
その別のモノ……。
黒の毛むくじゃらな肉球のある、それをたどってまた別の物体が視界に映る。
「ニャア」
と鳴いた。
炎を消してもまだ前足を差し出している1匹の黒猫。
特に黒猫の行動には関心を持たず、紫の瞳は煙を吐き出しながら正面へ向き直る。
広がる曇った空模様。
気分の落ち込んでいる日にはさらなる負を与えるものだ。
ため息混じりと共に吐き出した煙は、この空に吸収されていくかのように消えていく。
「ニャア?」
黒猫の疑問に思うような鳴き声にも耳を貸さない。
紫の瞳はただ、空を見上げ、所々に見える緋色の現象を見つめるだけ。
同じものとして捉えるのは不粋かもしれないが、赤はより鮮明に目に焼き付き、記憶から消え去る事は無い。
口元の笑みが、どうしても思い出されてしまう。
それが好きな女の笑みなら、なおさら……。
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