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ゆっくりとした足取りで誰かが近づいてくる。
誰かと問えば愚問だが。
室内に響き渡る踵の音。
その音を聞く度に、俺の心臓が跳ね上がる。
たかが人間。されど人間。
音は当然ながら俺の前で止まる。心臓も一度は止まったように思えた。
狭い個室の中に甘い芳香が解き放たれれば、九死に一生を得た気分だ。
抱いてやりたい。
そんな衝動に駆られたが、こんな状態だ。
手首に固定された物も、少しだけ力を入れれば壊せるものを……。
数秒の間が流れる。
その数秒の間に俺は何度人生を振り返った事か。
これほどまでに追い詰められた事があるか?
あるかもしれない……。
俺は腹を括る気持ちで顔を上げた。
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