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「殺人事件?」
「そう」
りるは優雅にハンドルをきって、カーブを曲がった。
車の窓越しに見える風景は、単調な雪景色ばかりで眠気を誘う。彼は目をショボショボさせ、今にも眠りそうだ。
「胡散臭い」
「新聞にものった事件なんだけど、にいさん新聞読んでる?」
彼は十秒ほど、どこか遠くを見つめてから答えた。
「新聞なんて五年くらい読んでないな」
「……五年前から新聞買えないほど貧困にあえいでいたの?」
「あれ? 知らなかった?」
「密室殺人てっやつよ」
りるは彼を無視して言葉を続けた。
「3年前にね、二人しかいないホテルの密室で、一人が殺されたんだってさ」
「じゃあ、残りの一人が犯人だろ」
「ううん、そうとは限らないみたいなの」
りるはくすりと可愛らしく笑う。
「容疑者は犯行を否認して、今も裁判中」
「……妙ではあるな」
状況証拠がそろっているから、犯行を認めたほうが有利だ。わざわざ否認する理由があるとは思えない。
「凶器は?」
「ナイフ。被害者の胸に刺されてた。指紋はなし」
「薬は?」
「反応なし。ドラッグも睡眠薬も」
「誰かが隠れていた可能性は?」
「さあ? そのあたりが謎なんだけど。新聞には書いてなかったよ」
彼はゆっくり瞼を閉じた。そのまましばらく微動だにしない。
「犯人は部屋にいたもう一人としか考えられない」
少し肩をこけさせて、りるが反論する。
「それじゃあ面白く無いじゃない」
「面白い必要はないだろ」
「それはそうだけど」
りるは桃色のルージュをひいた唇を尖らせた。
「現実なんて、つまらないものだよ」
現実は推理小説のようにはいかない。なるようにしかならないのだ。
「そんなものかなぁ」
「そんなもんさ」
彼は大きく欠伸をした。
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