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「申し送れました。私、鬼島蒼と申します」
居間にて、礼儀正しく正座している蒼が見事なまでに無駄がなく頭を下げ改めて名乗った。
そんな蒼に、京次郎は一瞬反応が遅れ慌てて自らも名乗り頭を下げる。
「塚紗様が大変お世話になっていると聞き及んでおります。感謝の次第もありません」
「い、いや、えっと……」
頭を上げない蒼に完全に混乱している京次郎。その光景に塚紗は呆れ気味にため息をついた。
「ほら蒼、京次郎困ってんだろうが。いい加減頭上げろ」
塚紗の言葉にガバッと頭を上げた蒼は塚紗に視線を向ける。
「塚紗様! 元はと言えば貴女がっ……!」
「あーはいはい」
塚紗様! 怒鳴る蒼を軽く流す塚紗。その左手にはしっかりと包帯がしてあった。京次郎はそんな光景を呆然と見つめていたが、襖が開いた事に気がつく。
「おや? 懐かしい声が聞こえたかと思えば、鬼島君じゃないか」
「な! 貴様は桂っ!?」
桂の顔を見た瞬間、蒼の表情が一変し刀に手を伸ばした。が、
「はい、落ち着け蒼」
側に置かれていたはずの蒼の刀はいつの間にか塚紗の腕に抱かれていた。
「塚紗様!?」
「ここは桂の屋敷だ。ちなみに、今お前が頭下げたのは桂の息子」
なっ……! 蒼は信じられないものを見るように塚紗を見る。
「ま、細かいことは気にすんな」
そう言ってあぐらをかいて言う塚紗に、蒼は諦めたようにため息をつくと再度座りなおした。
「あの、塚紗、さん……?」
「ん?」
突然話しかけた柚禾に塚紗は首を傾げる。
「あの……後でで良いので、少し時間を頂けませんか?」
柚禾の言葉に、塚紗は蒼をちらりと見やると口元を上げた。
「いや、今で良い」
えっ……? 桂を除く全員が塚紗に驚きの視線を向ける。が、塚紗は柚禾を促すように立ち上がると部屋を出ていってしまった。
その手には未だ蒼の刀が握られていたのが気にする者はいなかった。
「ま、待ってくださいっ……!」
柚禾は慌てて塚紗を追いかけ、それを桂は笑顔で見届ける。
そしてその場には、戸惑う蒼と京次郎、そして微笑みながら塚紗たちの消えた障子を見つめる桂だけが残った。
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