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朝吉と十六夜が帰った後、京次郎は一人であの町外れの川に来ていた。
「……」
「ずっとそうしていると、体が冷えますよ?」
「――!?」
先ほどまで人気が全く無かった背後から突如聞こえた声に京次郎の心臓が跳ね上がる。
「もうすぐ秋になります、こんな水辺にいては風邪をひいてしまいますよ」
「蒼、さん……」
ですから呼び捨てで構いませんよ。蒼はそうクスリと笑うと川の水面に視線をやった。
「朝吉殿が羨ましいですか」
「なっ別にっ……そういうわけじゃ……」
ばつの悪そうに口ごもる京次郎に蒼は苦笑いを浮かべる。
「塚紗様が今、何かをしようとしているというのはご存じですか?」
川の水面を見つめながら蒼が言い、京次郎の視線は蒼に移動した。
「え……。そう言えば、やることがあるって前に言ってたっけ……」
京次郎の、思い出したかのように言った言葉に蒼は遠い眼差しで語るように口を開く。
「そうですか……。あの方は今、その“やること”に躍起になってます。その為なら全てを捨てるつもりでしょう」
ですから。蒼は黙って聞いている京次郎の眼をしっかりと見据え続けた。
「ですから、あの方がもし……もし修羅になるような事があれば、貴方が止めてください」
「えっ……ちょっ、待ってくれよ、そんないなくなるみたいな言い方……しかも塚紗が修羅に? そんな事……」
京次郎は戸惑いを隠せず蒼を見、蒼は真剣な眼差しでじっと京次郎を見る。すると京次郎がゴクリと音を立てて唾を飲み込んだ。そんな様子に蒼が突如表情を崩し苦笑いを浮かべる。
「……すみません、突然おかしな事を言い出して」
「……いや」
でも、もしもの時はお願いしますよ。蒼は小さくそう言い残し小川を後にした。
京次郎は夕日で紅く染まった川の流れを、ただじっと見つめていた。
――第七話終幕。
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