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渚を追った悠助が見えなくなった頃、塚紗たちは道場の戸締まりをしていた。
「なぁ、万嘉さん」
滑りの悪くなった戸を閉めながら、京次郎が口を開いた。
それに反応したのは先程の塚紗と渚の試合の審判をしていた教師で、彼もまた同じように戸に手を添えている。
「なんだい、京次郎くん」
「あの渚って子……何で塚紗に勝負を?」
京次郎の問いに万嘉は俯き、塚紗と蒼の視線も集めていた。
「あの子は、親が居なくてね。唯一の家族だった兄も数年前に失踪しているんだよ」
「失踪……?」
京次郎の復唱に、万嘉は小さく頷いて返す。
「何の前触れもなく忽然と、ね……。かなり剣の腕がたったらしいけど……生きているかどうか。あの子は、その兄を探したいが故に強くなりたがっているんだよ、一人でも旅に出れるように」
万嘉の言葉に、その場は静まり返った。
「原菜さん、といったかな」
「え、あぁ……」
突然話を振られた塚紗は、一瞬反応が遅れたが、万嘉は気にせず続ける。
「剣術を教えている私から見て、君の腕はかなりのものだ。どうか、あの子の気が済むまで相手をしてやってくれないかな」
苦笑を浮かべながら言う万嘉。
塚紗の返事はひとつだった。
「あぁ、分かった」
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