4人が本棚に入れています
本棚に追加
雪国越後。
春まだ遠い,ある月の初旬。
春を求めるならば,ここへは訪れない。
奇特な人間もいるものだなと,自分を笑う。
けれど貴方に会いに,幾度となく足を運んだこの地。
今年もまだ雪の残るこの場所は,貴方とゆっくり語るには,人も少なくて丁度いい。
「私はいつまでこうして,この生き方を続けていくのでしょうね」
空へ投げた問いに,風が答える。
『”永遠に”だろう?』
直江は穏やかに微笑んだ。
(貴方なら,そう答えるだろう)
「私がここへ来ることを,非難する人はいません。誰も私に”馬鹿だ”とは言わない。言われても,きっと意地になって続けることくらい,皆わかっているのでしょう」
『だから馬鹿なんだろう?』
(そう,貴方は知っている)
雪をまとった桜の樹。
けれど幹に手を当てれば,確かに息づく暖かな樹。どこを訪れても,いつ訪れても,この樹は貴方を思わせる。
暖かで,力強い,母のような樹。
「先日,長秀に会いました。彼はもう,共に歩む人を見つけたようですね」
少し寂しそうに直江が笑うと,桜の枝からわずかに,雪の粉が滑り落ちた。
『……暖めてやれなくてごめんな』
直江は首を横に振って否定する。
「……私は病気ですね。きっと端から見たら」
ここで貴方と語っていても,それは単なる独り言でしかない。
貴方からの応えは,きっと幻想。
聞こえる言葉も,きっと幻聴。
貴方の姿が見えたなら,間違いなく……。
「それは幻覚よ」
心の言葉に,現実の声が続いて,直江は我に返った。
聞き慣れた,しかし久しぶりに聞いた声である。
最初のコメントを投稿しよう!