35人が本棚に入れています
本棚に追加
ちらりと後ろを振り返る。耳をぴんと立てた真っ白なウサギがこちらを見ていた……ような気がした。
ウサギって視力はどれくらいなのだろう?人間の私は一体どういう物体としてあの瞳には映っているのだろう?
何の感情も鑑みれない、丸く赤い瞳。口元は先ほど与えた餌をまだ食べているのか、もぐもぐと小さく動いていた。
「いっぱい食べて大きくなるんだぞ」
誰かがウサギにかけていた言葉を思い出す。
「……いっぱい食べて大きくなって。お前達、いったい何になるんだろうね?」
ぽつんと、小声で彼等に尋ねる。
ぬくぬくと暖かな怠惰な園で、野菜を肉を……たまに戯れでお菓子を与えられ、食してどんどん大きくなって。
そうしていつか彼等は、ウサギであってウサギでない物になるんじゃなかろうか?
「園枝さぁ~ん?」
遅れて歩いていた私に気がつき、少し離れた場所からクラスメイトが声をかけてきた。
はっと我に返り「ごめん、ごめん」と愛想笑いを浮かべながら彼女達に駆け寄る。
広大な学園の中庭、そこの隅にあるウサギ小屋。辺りには幾種もの大木が、桜やホルト、ポプラや百日紅が寄り重なるように立っている。
桜は花を散らし、そろそろ青葉が眩しい。ゴールデンウィークまでもう少しだ。
初めて着る制服、セーラー服にもようやく慣れてきていた。
まだ中学校に入学して間もなかったが、私は内心で強く決意していた。
二学期は絶対に飼育委員になんかならない!
初めて見た雑食ウサギが少し怖かったし、あんな生き物と接するより、大好きな本を抱えて本棚の間を彷徨う図書委員のほうが絶対に素敵だ!と思ったからだ。
早い物で、あれからもう約三年が経とうとしている。
まさかずっと継続して飼育委員を務めようとは、あの時の私は考えもしなかった。
慣れなかったセーラー服も、今では目を瞑ったままでスカーフを結ぶことも出来る。
私は中学生から高校生へと変化しようとしている。今月中旬にはもう卒業だ。
そして、ウサギ達。
色々な物を食す彼等。やっぱりというか当たり前というか、彼等が巨大化し怪獣に変身するなんていう事も無く、ウサギはウサギのままだった。
草を食べようが肉をポッキーをポテトチップを摂取しようが、ウサギがウサギを食べようが、彼等が変わるなんて事は無い。
ここのウサギは肉を食う。そしてたまに自分の仲間も、食らう。
最初のコメントを投稿しよう!