1人が本棚に入れています
本棚に追加
大和と二人、くだらない話をしながら教室へ入ると、無人と思われていた室内には、一人の男がいた。
「あ、新任だ」
大和は無遠慮に指を指す。彼は少し肩を竦めた。
「初日からサボりは感心しませんよ。要大和【カナメ ヤマト】君、華桜院桜【カオウイン サクラ】さん?」
「なんでアナタがいるの?」
嫌いな名前を名字付きで呼ばれ、私は眉をしかめる。
だいたい、桜好きの教師という時点で、気に入らない。
「HRにいないから知らないんですね。僕が、君たちの担任です」
「マジかぁ」
感想をもらしたのは大和。私は無視して、自分の机に置いてある鞄を取った。
「帰ろ、大和」
「えっ、おいサク!」
大和も慌てて鞄を掴み、教室を飛び出す。
「センセー、さいならぁ」
律儀なことに挨拶までしている。
「はい、また明日。気をつけて帰って下さいね、要君、華桜院さん」
私はその言葉の余韻が消えるよりも早く、階段を駆け降りた。
‡ † ‡ † ‡
「なぁ、サクー」
帰り道、大和がダルそうに口を開く。
「さっきから、なんで早足なわけ?つか、機嫌悪いな」
「気のせいでしょ」
「いーや、絶対違う!」
「気のせいだってば!」
話している間にも速度は上がり、今では競歩並みのスピードが出ている。
「サクぅ、マックは?」
「いい、家で食べる!」
やっぱり機嫌悪いしと、後ろで大和が呟いた。
機嫌が悪いのは確かだ。あの教師に苛立っている。
桜が好きで、私を大嫌いな名字で呼ぶ男。何より気に食わないのが、笑顔だ。
「あんな顔するなら笑うな」
ぼそりと呟いた言葉は、大和には聞こえなかったようだ。
あの教師は、作り笑いばかりしている。小さい頃から見てきた、大人の嫌いな笑い方。
あの教師は、嫌いな人間に部類されるかもしれない。そう思った。
「サク、待った!ストップ!!」
「何!?」
腕を掴まれて、不機嫌丸出しで振り返れば、大和の顔は予想以上に近くにあった。頭突きをする半歩手前くらいに。
「マンション、ここ。お前、どこまで行くきだよ」
「…………」
何も言えず大人しくなった私を、大和は手を引いて中へ入れる。
大和とウチは隣同士なのだ。
もっとも、私は要家に入り浸るので、自宅はほとんど寝るためにしか帰っていない。
自分を待つ人のいない家は、居づらいから。
最初のコメントを投稿しよう!