―文化祭前夜―

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「時に通明」  翔は闇夜に浮かぶ月を仰ぎ見る。 「何だい?」  開けたてのアルミ缶を片手に翔を見る通明。  その整った横顔に、僅かな羨望を覚える。 「知り合いなのか、さっきの娘と」  翔は空に向けた目を細くし、どことなく虚ろな表情である。 「希望ちゃんの事?」  通明は不思議そうな面持ちでその娘の名前を挙げる。  その名前を聞いた途端、翔の微かな反応がその指先に表れた。 「ま、深い意味は無いんだが……お前の後輩か何かか?」  翔はあくまで内心を表には出さない。ポーカーフェイスは翔の十八番だ。 「そうだよ、僕や長谷川先輩と同じ弓道部」  通明が慣れたジェスチャーを見せる。  その仕草に、翔は視線を通明に向け、軽く苦笑した。 「ひかり姐さんの弟子か? そりゃ気を付けないとな」  笑いながらアルミ缶を軽く投げる。  傾きの弱い放物線を描いたそれは、十数メートル離れたプラスチックのバケツに収まった。 「あ、ポイ捨て」 「違うな、芸術だ」  それから二人は、いつも通り実の無い会話を続けた。  暫くして翔が、ある声に気が付き、言を止めた。 「ん、何か聞こえないか?」 「え?」  翔と通明は耳を澄ませる。  体育館の叫び声に混じって、別の方向から何やら女の声が聞こえる。 「行くぞ通明」  翔はさっさと歩き出した。 「あ、翔! ……まったく、女の子にはすぐ反応するよなぁ」  通明は呆れながらも、翔の背中を追った。
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