さん

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 眼を開け、もう一度聳え建つ家を眺めた。  日本萱の重厚な家は、長い年月雨風に晒され、さらに人が住まなくなり、人の手を離れたことですっかり荒れ果てていた。  しん、と静まり返り、昔人が住んでいた気配さえ窺い知れない。  陽光の元でさえ、陰欝な影を醸し出していた。 「薺、荷物運ぶの手伝って」  母に呼ばれ、薺は家から眼を離した。  家の前には、砂利がひきつめられた広場があり、広場を挟んだ前の家には、小さな水車が廻っている。  右手には、小さな橋がかかり、左手には田んぼや畑が広がっている。  左右の隣家に行くにも、数十メートルは距離が広がっていた。  それでもちらほらと、最近建て直した現代風の民家が見下ろせた。  どの家も薺が住む家の三倍はあるが、その中でも祖母の家は一際大きく存在感があった。 「薺、早く!」  母に急かされて、薺は慌てて荷物をもって陰気臭い祖母の家に向かう。  他に見えるのは、山と空と畑だけ。  市街地から閉ざされた別世界の小さな村が広がっている。  まるで、そこに閉じ込められてしまったような錯覚を薺は覚えた。
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