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うーん、そろそろ帰ろうかなぁ。明日も忙しそうだし。根性なしとは言うなかれ。
帰ろうという決意が徐々に固まっていき、それを実行しようかと考えていたそのとき──狙っていたとしか思えない。
微かな物音と聞こえるはずのない幻聴を聞いて、僕はゆっくりと振り向いた。
聞き慣れたその声。モデルも羨むその体型。艶然としたその笑み。初めて会ったときより丁寧になったその言葉遣い。そして美の女神が嫉妬してしまうその容姿。
思わず呼吸を忘れてしまった。
彼女の周りだけ輝いて見えるのは気のせいではないかもしれない。
「久しぶりね、春日一尉──」
頭がクラクラしてきた。まさかあんただったのかよ……滝野梨絵二尉。滝野さんは色違いの黒を基調とした軍服を着ていた。
「お久しぶりです、滝野さん。あと階級章見えます? 三佐ですよ」
内心の動揺を殺して、いつもと変わらない平然を装う。
「あら、昔のクセでつい」
「そういえば、部隊の解散以来ですしね。冥さんなんか今でも間違いますよ」
妙な違和感がふつふつと沸いてきた。滝野さんのどこか生彩に欠けた笑顔。そして手が届きそうで届かない微妙な間合い。
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