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海は、結衣はまだ来ない…と、大声で愚痴りながら拗ねていた。
私も自分でも不思議なくらい、心が躍っているようだった。
そして数メートル先の店の入口から、カウボーイハットを手で振る悠人の姿が見えた。
私ににこりと笑いかけてくれる彼に、手を振ろうと腕を上げた。
その瞬間、私の腕は強く捕まれた。
あまりの戸惑いに抵抗する間もなく、嗚咽も出来ないような速さで、無防備な身体を強引に引っ張られて連れて行かれた。
エレベーターがギリギリで閉まる間に入りこみ、彼は私を掴んでいない片手でボタンを押した。
「何す…!?」
やっと言葉を発せられたが、途端に口は相手の手で宛がわれた。
そして相手の片手の強い力で、肩を思いっ切りエレベーターのガラス張りに押し寄せられた。
私は両手で彼の手を離すと、ハアハアと荒い呼吸をした。
肩に両手を押さえ込まれながらも、冷静さを取り戻した私は、目の前にいる自分を連れ去った彼の顔を確認した。
驚きで目が見開くのと、無防備な口元に暖かいものが触れるのは同時だった。
彼は腰に手をやり愛撫しながら、今度は口内に強引に入ろうとする。
強く目をつぶって、侵入されまいと唇を紡ぎながら、彼の胸板を何度も何度も叩いた。
やがて唇だけのキスに飽きた彼は、渋々と私から離れた。
またその勢いと身体の力が抜けて、エレベーターに座りこんでしまった。
その時、効果音がしてエレベーターが開いた。
彼は濡れて浸る唇を手首で拭いながら、私の腕を引っぱった。
でも私は立ち上がると否や、彼の胸倉を掴んだ。
「どうして?」
たった数分のこと、だと思う。
まるで何時間もあったような苦しみに、驚きや怒りで溢れていた。
だがそれでも彼は、感情的な私の問いに答えず冷たい目をした。
そのまま大人しく連れて行かれてしまった街中でふと彼が止まったときには、最も私は良く言えば冷静になっていた。
ただ、戸惑いすぎて分からなくなっただけとも思えたが。
「…咲ちゃんと、一緒にいたかったから。」
私は…何も言えなかった。
軽はずみな態度が、あまりにも無垢なのだ。
背丈は変わらないし、無邪気な笑顔にはさっきの自分や悠貴とは違う幼さが残っている。
…稜だった。
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