‐Those who start to run‐

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   雨が静かな朝を奏でていたある日の記憶。 「ねぇ、お父さん。どっかいくのー?」  玄関で腰を落とし靴紐を結んでいる男性に、後方からまだ幼い男の子の声が響く。  男は急な呼び声に肩を跳ね上げたけれど、男の子に振り返ったときには笑顔だった。 「……ちょっとお出掛けしてくるだけだよ、翔(しょう)」 「ふーん。早く帰ってきてねー」  お父さんは翔と呼ばれる男の子――俺の頭を優しく撫でてくれた。  お父さんに撫でられた俺は無性に嬉しくなって、自然と頬が緩む。 「……じゃあね翔。美姫(みき)は……こないか。翔、いい子にしてるんだぞ」  俺の姉を探すもここにこないことをわかってたようにお父さんは、そう呟く。でもなんだか悲しそうな、寂しそうな表情をしていたような気がする。  それを見てか、無意識のうちにお父さんに抱きついていた俺にお父さんはびっくりするも、そっと抱きしめかえしてくれた。  このとき、俺はお父さんに囁かれたのだが、その声が震えていてよく聞き取れなかった。 「……じゃ、お父さんはもう行くよ。じゃあね、翔」 「行ってらっしゃーい!」  俺は元気よく手を振って、お父さんを見送る。   この日もいつもと同じように、夜には帰ってくると思っていたから。  開け放たれたままの扉の向こうにいるお父さんの背中が、小さく感じることにまだ幼かった俺は気づけなかった。  ――ごめんね、翔。許してくれ、とは言わない。ただ、幸せになってくれ――  雨音の奏でる悲劇の序曲に、この言葉は消えていった。  
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