=勝沼= 世界の片隅で…

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部屋の奥正面に液晶テレビが鎮座する。その轟家の居間に豪一の父を筆頭に家族面々が顔を連ねていた。 長方形の座卓の一番奥に陣取るのが、豪一の父、豪三(ごうぞう)60歳だ。日焼けした顔とがっちりとした体格は豪一に良く似ている。気難しそうな顔つきでジロリと居間に入ってきた豪一とエリカに鋭い視線を浴びせる。そんな豪三に、母親の響子がたしなめる。 「お父さん!!、なんだいな、そんな目付きで、お客様に失礼だがぁ」 「お、戻ってきただか……」 そんな、ぎこちない父子にエリカは、渋谷に行く車内で豪一と話した会話を思いだし、心中穏やかでは、なかった。しかし、そんな事をお構い無しに響子は、豪一に父の傍らにエリカと2人で座る様に促していた。 豪一の家族の盛大な勘違いに最初は、ぶち壊してやろうかと思っていたエリカであったが、夏美や母親の響子達の自分に対する、おもてなしの心を拝すると、無下に拒絶や無礼な行動をとる事は彼女達の真心を踏みにじるようで、心苦しい思いに駆られ、豪一と一緒になるような芝居をしてしまった結果、こうして家族団らんの場に居合わせていた。 座卓の上には、甲州地方の郷土料理や寿司、天ぷら、赤飯などが所狭しと並べられ、鮮やかな色合いと美味しそうな香りと匂いを漂わせていた。エリカは、幼い頃、母親の実家、静岡県、沼津で食べた日本食の味が好きで、母親が亡くなる前は、よくせがんで作ってもらっていた。 そんな思いを胸に、エリカは目の前にある料理を眺めながら、懐かしさに浸っていた。 「おい、少尉殿、どうしたんだ?、気分でも悪いのか?」 「えっ!?、あっ!?、ちょっと、物思いに浸ってただけよ、豪一さん……、それと"少尉殿"はやめて、エリカでいいわ」 彼女からの提案とはいえ、豪一は腰を抜かす。今まで決してファーストネームで呼ばせる事のなかった女が、自ら、名前で呼べというのだから。
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