薫り陽炎(ナーサティヤ×千尋)

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ざあざあと、雨が降り続けていた。 どど…ん、とどこかに雷の落ちた地鳴りが伝わってくる。 恵みの雨。 体調がすぐれず、暫く常世を訪れられそうにないと文が届いたのは、数日前のこと。 無意識に期待をしていたらしく、落胆が少し大きかった。 幼い頃から彼女は人懐っこく、訪れれば采女を振り回して宮が賑やかになる。 ざわめきを好む方ではなかったが、皆が穏やかに笑っていられる様は好ましい。 耳をつんざくような雷鳴が突き抜けて、思わず眉を顰める。 向こうの宮に雷が落ちたかもしれない。 小火でも出なければいいが。 もう四半刻もすれば、鮮やかな夕日が大地を染めるだろう。 回廊を渡り、自室に戻れば見慣れた暖色の景色。 先程手折ったばかりの、二輪だけ花を綻ばせたガンゲティカが、湿った風に揺れている。 いつまで正装をしているのも堅苦しいだけだと、上着に手をかけた時だった。 ちゃりん、と背後で小さな音が跳ねる。 鞘から刀身を抜き放ちざま、音めがけて腕を薙ぎかけた。 白い陽炎(かげろう)。 妙な既視感に、指先が狂って剣を取り落とした。 『え……』 陽炎が人形をなし、朧ながら見知った姿になっていく。 『あの、見えてますか』 紗幕の向こうから聞こえるような声は、まごうことなき待ち人の声。 「ニノ姫、か」 取り落とした剣を拾い上げ、鞘に収める。 出で立ちこそ軽装だが、黄金の髪と湖を切り取ったような瞳を持つものを私は一人しか知らない。 何故、という思いと純粋に嬉しいと思う気持ちと。 顔にはおくびにも出さないところが、弟と違うところだろうか。 「夢を渡って来たのか」 『よく分からない。さっきエイカがお見舞いに来てくれて、よく眠れる香が手に入ったからお使い下さいって』 不思議そうに首を傾げている。 そして、千尋が炎の結晶を拾い上げるのを見て合点がいった。 「香に火を入れるのにそれを使ったか」 『ええ。火種から取るの難しくて…いつもこれ使うの。使うたびに小さくなっていくからまたナーサティヤに作ってもらいたかったのに、風邪ひいちゃったし』 煙は魂を運ぶ。 より近い縁(えにし)の元へと。 偶然か必然か…結果として久方ぶりの再会が叶ったのだから良いことなのだろう。 エイカのことだ、そのくらい気障なことは淡々とした振る舞いで容易にやってのける。 「体の具合はまだ芳しくないのだろう?」
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