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『ううん、もう大分治ったよ。まだ少し咳が出るけど』
ガラガラと遠くに近くに、雷が落ちていった。
凶暴な光の明滅に目の前の淡い陽炎など掻き消されてしまいそうで、思わず手を伸ばす。
陽炎を掴めこそしないが、指先がぬくもりに包まれる。
『変な感じ。ナーサティヤが触れてるのは分かるのに、触れないんだもの』
ころころと笑って、距離を詰める。
『前にもこんなことがあった気がしたけど、きっと気のせいね』
「……そうか」
もう今は、二ノ姫を傷つけずに済む。
もう今は?
今私は何を考えた?
今まで二ノ姫を守りこそすれ、傷つけようとしたことはなかった。
意識の底の嫉みだろうか。
命ごと私のものであればいいという、王族特有の支配欲。
この近い距離に耐えきれず、陽炎から離れて火種から手燭の明かりを灯した。
その火を掬い取って、結晶に変える。
『あ、また作ってくれたの?ありがとう!』
渡した結晶は陽炎をすり抜けることなく、千尋の手のひらに収まった。
ツィーン、と綺麗な音が鳴り渡る。
「礼には及ばぬ程度のことだ」
『私が言いたいからいいの』
嬉しそうな顔をするものだから、つい気が緩む。
王族として生まれながら、この違いは何なのだろう。
「これを持って、早々に帰るがいい。意識がこちらにあっては、体が休まらぬ」
『さっき遠夜が、雨が上がるまでって言ってたの。きっと、この夕立が終わるまでってことだったんじゃないかしら』
もう少しだけ、といたずらに笑う顔はひどく幸せそうで。
こんな顔が見たかったのだと……見慣れているはずの顔を見て思うのは、何故だろう。
陽炎が風に煽られたように揺れた。
蛍が飛び立つように、陽炎が光の粒となって散っていく。
『もう少し話がしたかったけど…時間切れ、みたいです』
「体調を整えてまた来ればいい」
『……そうだね』
また来るね、と二ノ姫が紡いだ言葉は音にならないまま陽炎にとけていく。
花のひとひらを思わせるような儚さで、陽炎は薄明かりへと消える。
夢か現か幻か。
窓の外には、色もかぐわしい虹が比良坂へとかかっていた。
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