刻印のお礼(布都彦×千尋)

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まどろみを誘う、春の風。 草の葉ずれの音はくすぐったいほど小さく、さわさわと波打って地平線の向こうへと流れていく。 この草原(くさはら)と同じ色の髪を持つ人と、誓いを込めて指を絡ませた日。 あの日から、ひととせが過ぎた。 何もかも順風満帆というわけにはいかなかったが、今傍らの存在がいるというだけで何もかもがうまくいきそうに思える。 繋いだ手は、とても温かい。 過ちと感情の狭間で、私の手を選んでくれた人の。 父の手を知らない千尋にとって、真新しい感覚の一つだった。 「布都彦の手って、意外に大きいね」 兵特有の手のひらのかたさ。 日々の鍛錬が滲んでいる。 ペンだこならぬ、剣だこというやつだ。 布都彦の場合は、槍だこと言うべきかもしれないが。 「そうでしょうか」 己の手をしげしげと眺める布都彦に千尋は少し笑った。 「手相占い出来そう」 「手相占い…ですか?」 難しい顔をしている。 「そんなに難しいことじゃないんだよ。線の長さとか向きとか、肉のつき方とか手の厚さとかで判断するの」 「そうなのですか」 「少し見てもいい?」 「ひ、姫に占って頂くわけには…!」 「そんな本格的なものじゃないから。趣味程度だし」 だからちょっと見せてよ、と言ってみると布都彦は大人しく手を差し出した。 「ありがとう」 そっと手の平をなぞって、知識を掘り起こしていく。 昔、学校で手相占いやらタロット占いが流行った時に人の良い友人から教えてもらったものだ。 「んー。健康そのもので、生命線も長いし……仕事線しっかりしてるし。責任感は人一倍。小さい頃は大変だったのかな。それから感情は起伏が激しくて、現実と理想の差が大きい。お金には困らなさそう。芸術肌で、最後の最後でツキがある」 当たっているような当たっていないような、微妙な所なので首を傾げてしまう。 別に友人を疑うわけではないが、やっぱり自分に占いの力があるわけではないからピンとこない。 それこそ柊にやってもらった方が信憑性がありそうだ。 最も、その結果を的確に教えてくれる人ではないのだが。 「姫はやはり、神子なのですね」 「え?」 不可思議な表情を浮かべて、言葉を繋いだ。 「私の過去も胸の内も、全て見透かしておられます」 「え、少しは合ってる?」 驚いた、手相占いも捨てたものではない。
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