光に返すべきは(アシュヴィン×千尋)

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誰もが疲弊していた。 昼も夜もなく火を纏った矢が城壁を越え、城門の土は雨も降っていないのに濡れていた。 死んだ兵を葬ることすら出来ない。 荼毘にする薪さえ足りない。 交替で眠ることさえ、緊迫した場が許さなかった。 張り詰めた緊張の糸は、もう切れる。 兵糧も……あと数日ともたないのは分かりきっていた。 千尋が兵達の間をまわり、心を鎮めて回らなければこうも持ち堪えられなかっただろう。 『終わり』だ。 神に抗うどころか、兄にさえも及ばないこの力で。 籠城など時間稼ぎにすぎなかったと、嘲笑うように。 小手先の策ではどうにもならないところまで来てしまった。 絶望とは、このようなことを言うのだろう。 「リブ、いるか」 「は…いかがなさいましたか」 元からこの室にいたのに、今来たばかりという装いは、間牒らしい筋金入りの自然さだった。 「今夜偵察に出る。夜が明ける前には戻るが」 「妃殿下をお連れになって、ですか」 一瞬何だこいつは、と思った。 いくら腹心とはいえ、何でもかんでも見抜かれているのは非常に居心地が悪い。 「…ああ」 否定する気もなかった。 ずっと、約束した通りに千尋の気持ちを考えている。 女々しいほどに、考えれば考えるほど深みにはまっていく。 守られることを好まず、立場で割り切ることも好まず。 俺の言葉一つで一喜一憂する様は、実に面白い。 ただ、良かれと思ったことでも泣かれたり、しまったと思うと喜んだり、千尋の感情が意のままになるわけではなかったが。 「勝算は」 「限りなく低いですね。二重三重と、蟻の一匹通さぬ構えですから」 リブの指が見取り図を辿る。 「後方がやや手薄ですが……賭けですね」 賭け。 全ての命を守るのは不可能だと、言外に諭された。 そんな賭けに、千尋がいる必要はない。 男は勝算なぞ考えるから勝てぬ、と言われたのはいつだったか。 確かに、そうかもしれない。 「万一の時、あいつが自害しなければどうなる」 「慰みものになるでしょうね。ナーサティヤ様の手にかかる前に」 「だろうな」 リブと俺の見解に大した差異は見られなかった。 戦に負けた国の女が、どれほどの痴態を強いられるかは誰もが知っている。 千尋はどうやら知らないようだったが。 何より、常世とて同じことをした。
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