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サティや俺、父上がしなくても、他の将達は当たり前と言わんばかりに女を好きなだけ選んでいった。
橿原宮に仕えていた采女の大半が自害し、将が悔しがっていたことも知っている。
戦とは、そんなものだ。
「好いた女一人守れない奴が神に抗おうとは、俺もたいがい馬鹿だな」
アシュヴィンの馬鹿!
脳裏に木霊する声がある。
巫(かんなぎ)である妻は、どうやら俺の馬鹿さ加減をとうに知っていたらしい。
「殿下は十分責務を果たしておられますよ。殿下の望みを託されるもよろしいでしょう」
このくらいの逃げ道が、千尋にはあってもいいはずだ。
黄泉への道づれにと望んだわけではない。
そう、千尋には仲間がいる。
受け入れて、守ってくれる仲間が。
千尋を守る者は、俺でなければならないわけではないのだ。
俺が加わる前に戻るだけ。
所詮俺は死に損ない、存えた時間を考えれば十分すぎるほどの時間を過ごした。
紅い月の浮かぶ夜、流星(はしりぼし)と共に現われた郎女(いらつめ)を娶り、契りを交わしたことさえ――――――遥か昔に生き長らえたからこそ。
もういい。
もう高望みはするまい。
逝くなら共にと、無粋で美しい言葉は決して吐くまい。
俺のように存えば、また新たな出会いの一つもあるだろう。
また仲間内で、睦まじくなることもあるだろう。
千尋に想いを寄せていた男はいくらもいる。
「お前には、苦労ばかりかけるな」
「まあ、そうだとしてもそれが殿下らしい性分ですからね」
穏やかな眼差しが、扉に向いた。
行けと、言葉では決して言わない。
軽く頷き、振り返る余裕もなく、足取りもまだらに室を出る。
災いの陽が落ちた世界は、ただの闇。
「……千尋」
手放す痛みで、死ぬことが叶うならそれも本望。
戦で死ぬ姿を出来ることなら、見たくはない。
ただ、生きていてほしいと願うのは身勝手だと知っていても。
俺は闇の眷属の嘶きを、夜の中から引き出した。
戦に咲き誇る笹百合ほど美しく、哀しいものはない。
光に花ひらくべきものを闇に植えた、俺への罰だ。
ひとときの淡い夢を見せてくれた花をもう一度、光の中へ返そう。
お前のあるべき場所へ。
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