5人が本棚に入れています
本棚に追加
「ツメが甘え」
見失った瞬間、上から蹴りを入れられ、地上に落とされる。しかし、これで六つ目のクレーターを作るほど俺もやわではない。魔王はさっきの礼とばかりに、俺の五倍サイズの火の玉を一つ放つ。さっき放ったからこそ分かるその一瞬の隙に、魔王の間合いに回りこみ、その少女の肉体を剣で
「え……?」
簡単に穿ってしまった。そのまま地面に叩きつけるのではなく、足から着地して、少女の体が地面につかない様、若干高めに剣を上げる。この腕力も勿論魔法による想像の産物だ。
「何のつもりだ」
穿った胸からは緑色でもなければ溶岩の様に熱い訳でもない、普通の鮮血が流れ、剣と俺の腕を赤く染めてゆく。その呆気なくもおぞましく、それでいて美しい姿は、俺の罪悪感を苛むのに十分だった。それ以上に、何か企みがあるに違いないという恐怖感から、剣を持つ手を離すわけにもいかなかった。
「……魔王ってさ、やっぱ倒されてこその魔王じゃん?」
弱々しく呟く少女に、最早魔王の威厳は全く無かった。口からは、声と一緒に血も出ている。それでも俺は剣を離さず、黙って少女の話を聞いていた。
「……もっとスリルが欲しかったってか? 生憎だが、こうでもしないと、オレ、死なねーから……」
段々と途切れ途切れになっていく少女の声。もう痛々しすぎて、腕を下ろそうとするが、金縛りにかかったかのように体が動かせなくなる。しまったと思う頃には、少女と俺の間に黒い靄のようなものが出来ていた。
「どうやら、お前はもう一度だけオレに会うみたいだな。……けど……これが、ホントの後始末だ。終わりにしてやるよ。またお前が、オレに会うまで……」
黒い靄は周りを包み、既に何も見えない状況になっていた。音もなくなり、自分が今どこにいるのかという感覚さえ失ってゆく。そして何かに吸い込まれるような感覚を感じはじめ……その時、魔王のあの少女の声で、ごめんねと言うような声が聞こえてきた気がした。魔王の気配はそれっきりで、意識が遠のいていく。
――くそ、俺じゃ倒せないのか……そう思ったところで意識が完全に途切れた。
最初のコメントを投稿しよう!