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「ところでお方、わしの留守の間、父上に変わりはなかったか?」
しばらくして、おみのが万福丸を床に運んで行くと、長政さまはお訊ねになりました。
私がハッとした拍子に、銚子が盃に触れ、カチリと音をたてました。
何かお心にかかることがおありなのでしょう、長政さまのお顔が曇っておいででございました。
「わしが帰城する際、義兄上に『越前おろしに気をつけよ』と言われたのだ」
長政さまは盃を置かれ、
「留守居の経世からも、時折、越前からの使者が訪れていたことは聞いたが…」
ため息をつかれました。
「殿、実は…」
私は以前、久政さまが私の部屋を訪ねていらした時、廊下で久政さまと遠藤喜右衛門が密かに話していたことを申し上げました。
すると、
「義景殿も父上も、今、民が何を望んでいるのかを理解しておられぬ!!民の望みは、戦のない世、安んじて家業に精出せる暮らしではないか!!戈を止めてこそ武士(もののふ)!民の暮らしを守れずして何が領主ぞ!!」
珍しく怒気を見せて仰せになりました。
そのお言葉は、お若い頃から信長さまが仰せになっていたお言葉と寸分違わぬものでございました。
(長政さまも、この乱世を終わらせたいと思っておられる…)
私は長政さまのお言葉に信長さまを見たような気がいたしました。
「此度、義兄上のお側にあって、わしにはもう一つ、心懸かりが見つかった…」
しばらくの沈黙の後、長政さまはお話をお続けになりました。
そのお声は、先ほどとは変わって静かな、そして沈痛なものでございました。
「それは、何でございましょうか…」
「公坊さまよ。あの方は、お気が小さい。虚栄心や疑心が強く、真実を見抜く目をお持ちではない。此度、義兄上が何の官位も受けられず岐阜へお戻りになったお心を、なんとご覧になられたか。そこを付け込まれ、お二人の間に溝が出来ねば良いのだが…ま、これは、わしの取り越し苦労やもしれぬが」
長政さまは、私に笑顔を向けられました。
けれども、この時の長政さまの不安が現実のものとなることに、今の私たちは気づきもしなかったのでございます。

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