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そして、僕は目を覚ました。地平線にまで続いていく草原に、顔を出すように丘がある。そこには一本だけ、桜の木が植えられていた。僕はその木の幹を背に座っている。頭上には清々しいほどに澄み切った青空が広がっていて、桜の桃色と互いを引き立てあい、とても美しかった。
あぁ、ここは、いつか彼女と来ようと思っていた場所だ。いつの日にか、僕が運転する車で訪れようと思っていた、約束の地だ。そして今日は、久々の休みに彼女を連れてドライブに出かけた。
彼女はどこだろう。僕は周囲を見渡した。
「起きた?」
いつの間にか、目の前で彼女が微笑みかけている。彼女の肌は雪のように白く、それはある意味季節外れだった。
「ごめん、どのくらい寝てた?」
「とっても。気持ちよさそうだった」
彼女の言葉に、悪意はなかった。
「なんで起こしてくれなかったの?」
「ごめんね。とても、安らかに寝ていたから」
「そう。まぁ、いいか」
僕は立ち上がる。広い草原の中で、世界には僕たちのほかに誰も存在しないように思えた。彼女は絶え間ない笑みを僕に向けている。僕は彼女の手を握り、言った。
「さぁ、一緒に行こう」
そう言って僕が歩き出そうとしても、彼女は歩き出そうとはしなかった。
「ごめんなさい」
僕の手から彼女の手が抜け落ちていく。まるで、指の間から砂がこぼれていくかのように。彼女は自分の手を胸に抱き、悲しそうにうつむいた。
「本当に、ごめんなさい」
彼女の言葉に呼応するように、ぶわっと風が吹く。桜吹雪は、彼女を覆うように儚げに舞い散り、悲しそうな表情を必死に隠していた。
「駄目なの。私は、ここにいないといけないのよ」
その瞬間、僕の体がビクンと震えた。聞きたくない。それ以上聞きたくない。彼女の口から言ってほしくない。僕のすべてがその言葉を拒絶しているようだった。
「だってあなたは」
彼女は続ける。僕は望んでいない。そうか、今になって気づいた。
ここは、どこだ?
ここは空も、大地も、生命がない。僕たちはどうやってここに来た?
車? 自らの足?
違う。
ここにあるものは彼方まで広がる草原と、一本の桜の木、そして僕たちしかいない。そんな小さすぎる世界。
それは、それが意味するものは――――
「あなたは、まだ生きていけるから……」
僕は覚醒した。
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