かぜ、カゼ、風

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    「――ごめんなさい。本当に……ごめんなさい」  苦笑する。  もう――何年前、何十年前の事だろうか。あの時に君から聞いた言葉が、未だに耳にこびり付いて離れない。  風。  吹き抜ける、風。  この春の山には、何も無い。無駄な物は、一切。  あるのは、草。花。風。  名残雪。  風。  吹き抜ける、風。  散々、僕は終わりを見てきた。輝きの終焉を見てきた。  ある時はこの手で灯火を吹き消し、またある時は隣の灯火に風穴が空けられるのを目の当たりにしてきた。  暑い、暑い、暑い、緑の中で。  風。  吹き抜ける、風。  何度も挫けそうになった。仲間みたいに、僕には絶対的な精神の支えが無かった。  そんな時、思い浮かべた君の笑顔。待ってるから――その君の言葉が、逃げる足に力を入れられた。まるで、操り人形の如く。  風。  吹き抜ける、風。  逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。  抵抗手段なんて無い。ただただ逃げた。  風。  吹き抜ける、風。  待ち望んだのは、まるで奴隷船。それでも僕は期待に胸が膨らんで、膨らんで。  君に逢える――それが確かな物になった時、僕は果てしない脱力感に襲われた。  もう、全てが終わってから、五年も経っていたなんて。  風。  吹き抜ける、風。  あの言葉を紡いだ君の隣に居たのは、僕ではなかった。戦いにも赴いていない、温かな環境で時を過ごした男。  わかってる。僕が遅かったんだって。遅過ぎたんだって。  君のこれからの歩みを妨げるなんて、邪道の極み。だから君はちっとも悪くない。  その一言が言えなかった。  風。  吹き抜ける、風。  この春の山には、何も無い。無駄な物は、一切。  あるのは、草。花。風。  名残雪。  風。  吹き抜ける、風。  僕の心には溢れている。無駄な物が、沢山。  後悔。悲愴。憎しみ。  そう、憎しみ。時への憎しみ。時代への憎しみ。  風。  吹き抜ける、風。  ふわり、ふわり。  心地良い山の春風は、花弁をひたすらに吹き飛ばす。  でも、鉛のように鈍重な僕の未練は、ちっとも動きはしない。  頼む。頼むからさ。僕ごと、この感情を蒼天の彼方まで導いてくれ。  風。  吹き抜ける、風。  僕は、飛ぶ。  
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