月下狂想

2/34
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
「壊れた噴水だ」 血を撒き散らす首のない死体を一瞥(いちべつ)して、 朝霧巴は嘲(あざけ)るように呟く。 暗い夜を朱い鮮血が染めていく様は幻想的で、 夢想の中の出来事のようにすら思えるが 遠くで鳴り響く踏み切りの警笛が、 辛うじて巴を現実に引き留めていた。 巴の深い漆黒の長髪は風に靡く事なく腰まで垂れ、 鋭い目つきは凛とした夜に咲く三日月を思わせる。 巴は亡骸から先に続く細長い闇にその尖った視線を上げて、 道標のように垂れている血痕を観察した。 それは陳腐な誘(いざな)いだ。 死に枯渇(こかつ)した巴を誘い出す為の見え見えの罠。 しかし―― 巴は微笑んでその先の暗がりへ、 足を進めた。 そこは人気のない団地だった。 深夜だからか それとも既に住居でないからか、 巨大な長方形の建物に灯りはない。 恐らく後者だろう。 伸びきった雑草と鎖の切れたブランコ。 それは死街のようにすら思える程の空虚さだ。 しかしここは空虚等ではない。 何故なら ここには溢れる程に死が充満しているのだから
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!