17人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
「壊れた噴水だ」
血を撒き散らす首のない死体を一瞥(いちべつ)して、
朝霧巴は嘲(あざけ)るように呟く。
暗い夜を朱い鮮血が染めていく様は幻想的で、
夢想の中の出来事のようにすら思えるが
遠くで鳴り響く踏み切りの警笛が、
辛うじて巴を現実に引き留めていた。
巴の深い漆黒の長髪は風に靡く事なく腰まで垂れ、
鋭い目つきは凛とした夜に咲く三日月を思わせる。
巴は亡骸から先に続く細長い闇にその尖った視線を上げて、
道標のように垂れている血痕を観察した。
それは陳腐な誘(いざな)いだ。
死に枯渇(こかつ)した巴を誘い出す為の見え見えの罠。
しかし――
巴は微笑んでその先の暗がりへ、
足を進めた。
そこは人気のない団地だった。
深夜だからか
それとも既に住居でないからか、
巨大な長方形の建物に灯りはない。
恐らく後者だろう。
伸びきった雑草と鎖の切れたブランコ。
それは死街のようにすら思える程の空虚さだ。
しかしここは空虚等ではない。
何故なら
ここには溢れる程に死が充満しているのだから
最初のコメントを投稿しよう!