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生温い夜風には肥えた血の薫りが孕まれている。
鼻を付くような腐臭は人間のものか。
ここは現実であって現実ではない。
生と死……いや、ここには死しか存在していない。
――得てして拮抗を保てなくなったモノは崩壊するもんなんス
「アイツの言う通りだ」
今度は自嘲して、巴の目は団地のベランダで殺意を放つ黒い影を見た。
闇の中でも際立つ影は最早影ではない。
言うなれば黒い光か。
光を影で消すのではなく、黒い光で否定する闇の根源。
――でも
「そんなものは幻影だ」
廃墟は巴を見下ろしながら、窓ガラスに満月を映し出し、
影はその月に見蕩(みと)れているようだった。
「猿猴捉月(えんこうそくげつ)か」
窓の月にしがみつくような影に向かい吐き捨てた巴の声は、長いこと残響した。
「いいよ。月を欲しがるなら欲しがればいい」
巴は左手に持った長布から日本刀を取り出し、
瞬間――駆け抜けた。
地面はとうに数メートル下。
獣のように――いや、鳥のように巴はベランダの柵を蹴り、
空へと飛翔していく。
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