SCENE.1

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 早くも午後の3時が過ぎた。塾の講師のアルバイトのために私は読みかけの新聞―――そこには、果たして効果があるのかもわからない少子化対策や官僚の不正などの記事が乗っている―――を放り出すとおもむろに立ち上がった。とその時、タイミングよく私の自宅兼事務所の一室にコンコンっとノックの音が響いた。その音はひどくゆっくりと鳴り、ノックの主の不安げな心象を現しているようだ。  「開いておりますよ。お入り下さい」 すると私の声に従うように1人の女性が―――髪は今時は珍しく真っ黒で、肩胛骨の辺りまで伸ばしている。目はパッチリとしていて、意志の強さを讃えた瞳をより強調されている。(だからといって怖そうに見えるわけではなく、むしろ彼女からは優しく暖かい雰囲気が感じられる)そのぶん口と鼻は小さく見えてしまうが、全体的な顔の形としては充分過ぎるほどに整っている―――入ってきた。  「どうぞそちらにおかけになってください」  「はい」  私は自分の仕事用の机から少し離れた白いソファーに座らせた。  「それでここに来た…ということは…」 女性に対面するように私は座ると短刀直入に話を切り出した。女性の返答如何によってはこの後のスケジュールを変更せざるを得ないかもしれないのだ
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