Ⅰ 風のキャンパス

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 空に手を伸ばしても、触れるものは何もない。  ずっと感じている空気は、感覚には反応しない。当たり前になってしまったものは、なくならないと気づけないから。  時折風が吹くと、のばした手の先がひんやりと冷たくなる。  ぎゅっと握ってみるけど、やはり何もつかめない。  だけど風はちゃんと在るんだ。  だから木の枝を揺らし、木の葉を宙に舞わせて、埃や土を飛ばして、髪を靡かせて、そして強いと、建物や人さえも飛ばしてしまう。  手に当たって通り過ぎて行くのはわかるけど、絶対に掴みとることは出来ない。  握った手の中には、重なり合った自分の手や指の皮膚の感覚しかない。  わかっている。風そのものは見えない。だけど感じることは出来る。  だけど空気は、当たり前すぎて肌に触れている感覚がない。  やっぱり、当たり前のものは失わないと実感もないし、気づけないし、そのものが与えていた影響もわからない。  お祭りで配られた綿菓子を散りばめたような白い雲。見えているけど、どこか遠い気がしてならない。  そんな雲が泳ぐ青い空から目を離して、僕は膝の上に置かれているスケッチブックを見つめた。  空にのばした手を、そっと真っ白の少しザラザラしたスケッチブック紙に向ける。  さら  指を滑らすと、やっぱり確かに在る。少しだけザラザラした、真っ白な紙。  先ほど吹いた風のせいか、少しだけ角がめくれている。  触れた感覚もある。  膝にある感覚もある。  だってこれはいつも僕の膝にある訳じゃない。だから、感じることが出来る。  程良く伸びた若草たちで生まれた、少し湿っぽい絨毯の感覚も、衣服の布を通して感じている。  だって僕はいつもここに座っているわけじゃないから。
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