Ⅰ 風のキャンパス

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 辺りをゆっくりと見回しても、やはり描きたいと思えるようなものはない。  小さな花壇に植えられた、色とりどりのチューリップが風に揺れている。  花は、特に好きなわけではないし、興味をそそる素材でもないから、ただのお遊び程度で描く。  課題が達成しないというのにお遊びをする意味がわからないし、僕はそんなことをするほど暇じゃない。  別に、花を描く絵描きを否定しているわけではない。ただ、僕にとって花は面白味のない素材にすぎないというだけ。  特別なものが描きたいわけじゃない。どちらかというと身近すぎて誰も気に掛けないような、そんなどうしようもなく当たり前なものが描きたい。  はぁっと再びため息を吐き出して、僕はスケッチブックを表紙にめくって、一応出していたデッサン用の鉛筆を、鞄にしまい込む。  スケッチブックも鞄にしまい、鞄を担いで立ち上がる。  入っている物が少ない鞄は、肩に負担をかけることのない重さだ。  立ったはいいものの、特に行きたいところはない。ぼんやりと広い公園を視界に写していると、風が後ろから服や髪を揺らす。  しばらく切っていなかった髪が視界の端に入り、あぁ伸びたな、と思って髪に触れる。 「陽輝ーっ!」  髪に対する感想を心中で呟く前に、誰かが僕の名を呼んだ。  調子っぱずれなその若い男の声は、休日を除いて僕が毎日のように聞く声だ。
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