第十八章、儚きが故に

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「――ご苦労だった」 厳しい顔をしたメソンが、剣を鞘にそれぞれ収めた二人へと声を掛ける。 二人の肩より上を、見ないようにしながらのことだった。 「……罪人の遺体は、いかがしましょう」 上擦った声で、ベトレイが問う。 いつものように、許しを待ってからではなかった。 「勿論祀ることなど出来ない……地下牢に、始末するほかなかろう。いずれフェンリル家の名は、王族の下に集う貴族の中から、消える……。ようやく、私が為すべきだった任務も終わりを告げた、というわけか」 その後、メソンは控えていた二人にさえ、何も言うことなく、立ち去っている。 笑うでもなく、達成したと言った後味の良し悪しも、確かめようとする素振りを見せなかった。 閉じられた部屋の中、灯が消え、薄暗くなった空気が占領している。 ベトレイがリコフェリアを抱き上げて、二人も追うように、その部屋を出て行った。 ――その後、メソンの言った通り、フェンリル家は瞬く間に、没落の一途を辿っていく。 彼女もレム同様、弑逆未遂の罪を負わされることとなった。 そして、一度途切らされた、金色の記憶。 リコフェリア=フェンリルはこの時、歴史上、命の営みを、終えるのだった。 … ――激戦は、繰り返され続けていた。 王国高位魔法行使者の先導の下に、集団の「空間転移」によって、大量の軍人が送り込まれていた。 マグナディアも時を同じくして、絶対魔法による王都侵略を開始する。 戦禍降り注ぐ、マグナディア帝国。 この日の城下もまた、焔の勢いは苛烈を極めていた。 民間人の誰もが武器を取り、敵を、人を、殺して生きるような毎日が続く。 襲撃と混乱の最中、銃撃戦を繰り広げるようになって幾数日。 そんな中、一つの命が生まれていた。 深い夜空をさらに塗りつぶすような、街を覆い尽くす炎の、黒煙と共に。 薄く生えたその髪は確かにその日と同じ色だった。 争いの最中でも、歓声はあがる。 だが、産声は上がらなかった。 ふいに泣き出したのは、周囲にいた別の幼い少女だった。 感染したように泣き声は広がる。 やがてその部屋いっぱいに、奇妙なまでに混ざり合った、多くの子どもたちの声が乱れていた。
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